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本物志向

Posted by 倖成卓志 on 08.2010 言いたい放題 0 comments 0 trackback
 女優の井上真央【いのうえ・まお】さんは、20歳になったお祝いにと、スタッフから「ドン・ペリ」を頂いたのが飲酒初めだそうです。

 これを「ぜいたく」と見る人もいるし、「良い経験」と見る人もいるでしょう。私は後者の立場です。
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 「ドン・ペリ」は、言わずと知れたシャンパンの王「Dom Pérignon 【ドン・ペリニヨン】」のことですね。
 Moët et Chandon 【モエ・エ・シャンドン】社が出しているシャンパンの中でも、最高品質のもので、むしろ「値段の高い」という知名度を持っています。とにかく凄いものらしいぞ、と。「ドン・ペリ」って言えば、セレブだぞ、と。

 だからこそ、20歳になったばかりの小娘にはもったいない、ぜいたくだという意見もあると思います。
 たとえばワインでも、赤ワインの最高級のひとつ、Château mouton rothschild 【シャトー・ムートン・ロートシルト】をいきなり飲んでもその味は分からない。むしろ、渋くて重くて飲みづらいという印象を与えてしまうから、それよりも、口当たりが柔らかくて軽いものから飲むべきだと。これは正しいと思います。ボルドーの高級赤ワインはとにかく重厚であることを望んでいて、飲みなれていないと「ちっとも美味しくない」と感じてしまうようです。
 ですが、それでも、最高級から入るのは悪くはないと思います。
 それは単に「自分は最高のものを飲んだ」という自慢のためだけではありません。

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 貴族と呼ばれた人たち - 今時の成り上がりセレブのようなものではなく、長い歴史の血統を内に抱く、真の意味でのぜいたく者 - は、幼い頃から帝王学を叩き込まれ、高級な服飾、宝石などと接し、社交界にデビューしたあかつきには、政財界の大物と接するようにしていきます。
 これはなぜかというと、「選ばれた人間の特権」というのもありますが、もうひとつ、「本物志向」という面も持ち合わせています。

 ごくありきたりの学校へ通い、ごくありきたりの会社に勤めている人としか交流がなければ、その視点でしか物を見ることができません。課長や部長の悪口は言えても、その上司が大局的な視野を持っていることに気付かないものです。一般社員であれば、その日その日の仕事が出来て、せいぜい1か月から3か月ぐらいのスパンを持っていればよろしい。しかし、「長」となるともっと長く、半年から数年というスパンが必要になるわけです。しかしそれでも、その人たちが見ているのは自分の会社であったり、同業種だけだったりします。
 時々、銀行や他会社の取締役が、倒産寸前の大会社の社長や会長などとして就任することがあります。これは、自分の会社や同業種しか見れない人にはとうてい無理な話で、業種全体や、あるいは他業種との連動を視野にいれ、はるかに長いスパンを念頭に置きながら、目の前の事柄に的確な対処を行うことが出来る人にしか成しえない話でしょう。
 少々難しい書き方になってしまいましたが、
 ただその日の仕事を淡々とこなすだけの人と、仕事を探したり作ったりしている人とでは目線が違うということです。給料が1円でも減ることを無条件に嫌がる人と、しばらくは給料がゼロになっても長期的にプラスになるなら我慢できる人とでは、会話がかみ合わないでしょう。


 幼い頃から高級な服飾や宝石などと接し続けている人は、ブランド詐欺にほとんど遭わないそうです。
 偽ブランド物にひっかからないということ。
 なぜなら、常に本物と接しているからです。本質の高級品、あるいは宝石ばかりを眺めていれば、表面だけ取り繕ったような出来そこないや、ガラス玉を見た瞬間に「全然違う」「こんなものは駄目だ」と感じるそうです。一方で、ブランド詐欺にひっかかりやすい人は、本物を常に見ているわけではないから本物と偽物の区別が出来ず、出来てもそれは頭の中で、知識として区別しようとしているだけで、「感覚」で反応するわけじゃない。だから、本物か偽物か分からないという、本物のセレブからすれば信じがたい現象が起きるわけですね。
 なんで、分からないの、と。

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 ただ、「本物志向」と「高級品志向」は別物です。
 本物であることがすなわち高級品であるとの錯覚は、資本主義社会の中で往々にして起こります。本物だから高い、と。安物だからどうせ大したものじゃないんだろう、と。
 確かに、手間のかかる本物の方が偽物よりも高くなるでしょう。だからといって、本物に手を付けなくていいとという理由にはならないはずです。

 近頃、発泡酒が巷間で出回っています。というより、出回りすぎです。
 CMでも、「まるでビールのような」とか「ビールと間違えちゃいました」などと銘打ったものが多いですが、私に言わせれば「全然違う」「これのどこがビールなんだ?」。

 先日、会社でお中元のビールを数本分けていただきまして、たまたま取引先で普段仲良くしている方がいたので1本差し上げたところ、こんなことを言われました。
「自分はビールが好きなんですけど、近頃飲んでないですね。発泡酒ばかりで」
 後日、
「いやあ、久々にビールを飲んだけど、美味しいかったですよ」
 この言葉を逆にとらえれば、この方は「発泡酒」が標準になっていたんですね。ビール好きが、ビール「もどき」ばかり飲んでいる。そのうち、『本物』のビールを飲まなくなって、感覚がずれてしまう。
 でも、これはまだマシだと思います。『本物』のビールを飲んでいたのですから。

 恐ろしいのはこの先、発泡酒しか飲んだことがなくて、それを「ビール」だと思う人が出てくるだろうということです。「ビールのような」と言われているから、これがビールなのかと思う。「新しいビールを飲んだよ」と言って、それは発泡酒だったりする。
 嗜好は人さまざまで、発泡酒が好きならそれはそれで構わないとは思うのですが、そこへまるで別の「ビール」という要素(というか単語)を持ちこまないで欲しいです。
 『本物』のビールを飲んだとき、「こんなのはビールじゃない」「ビールだなんて騙しやがって」と言いだす人が出てこないとも限らない。いつもガラス玉ばかりを見ていて、それを宝石だと思いこみ、『本物』のダイアモンドを見たときに「こんなのは宝石じゃない」「見た目だけの偽物」と騒ぎだすようなものです。

 井上さんが「ドン・ぺリ」を飲んでどう思ったのか、どう感じたのかは知りません。
 ただ、それを単に「ドン・ペリ、飲んだよ」という経験だけで捉えずに、自分の中の判定基準として持って欲しいなあというのが感想です。シャンパンも高級なものは基本的に辛口なので、甘口のシャンパンと出会うと「これのほうがドン・ペリよりも美味しい」と思うかも知れません。逆に、「安いからどうせ大したものじゃない」と決めつけるのは、高級品志向であっても本物志向とは言い切れません。たとえ値段は高級でなくとも、味が「本物」であるものを求めること。それこそが『本物』志向と言えると思います。

 では、『本物』を見つける方法は?
 『本物』と出会い続けること。実にこれしかありません。


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